2026年6月、国税庁の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」が第3回会合を開きました。中小企業のオーナー経営者やその後継者にとって、この議論は決して他人事ではありません。なぜなら、いま俎上に載っている「非上場株式の評価方法」こそ、事業承継のしやすさを左右する根幹だからです。(KLM)
本コラムでは、現在の評価方法が事業承継にどのような悪影響を及ぼしているのか、その本質を3つの切り口から整理します。
そもそも、何が問題なのか
非上場株式(取引相場のない株式)は、上場株式と違って市場価格がありません。そこで相続税・贈与税の計算では、国税庁の「財産評価基本通達」に従い、主に純資産価額方式と類似業種比準方式で株価を算定します。
ここに、事業承継の現場が長年悩まされてきた構造的なねじれがあります。会社を続けていく前提(ゴーイングコンサーン)であるにもかかわらず、純資産価額方式は会社を「いま解散したら株主にいくら残るか」という解散価値で株式を評価する考え方に立っています。経営をやめるつもりがないのに、清算したと仮定した価額で課税される——この違和感が、議論の出発点です。
悪影響① 後継者の納税負担が、担税力を超える
第一の問題は、後継者にのしかかる納税負担です。
非上場株式は、売ろうにも買い手がおらず、容易に現金化できません。それにもかかわらず、相続税・贈与税は現金で納める必要があります。手元に潤沢な資金があるわけでもない後継者が、株式という「売れない財産」のために多額の納税を迫られる構図です。
有識者会議に寄せられた中小企業経営者の声にも、先代の急逝で急きょ事業を継ぐことになり、借金をして従業員の人生を守るか、自分自身の幸福を求めるかを天秤にかけるような心境だった、という切実な訴えがあります。事業承継の本質は「経営の承継」であり、株式の移転は資産の移転というより意義ある「名義変更」にすぎない——にもかかわらず、後継者の負担能力(担税力)に見合わない税負担が課される。ここに第一の悪影響があります。
悪影響② 会社の成長を妨げ、「安易な節税」へ誘導する
第二に、現行の評価方法は、企業が成長すればするほど評価額が高くなるという性質を持っています。
雇用を守り、積極的に投資をして事業を成長させてきた結果として株価が上がり、かえって重い税負担を招く。これでは、成長を目指すこと自体が承継のハードルを上げてしまいます。
その結果、経営者は本来不要だったはずの株価対策に走りがちになります。一時的に株価を引き下げるための支出は、会社の成長の原資を削り、成長投資に向かう余裕を奪います。「税負担は多少軽くなったが、事業に関連しない支出で会社の資金が目減りしている」という声は、節税対策がかえって企業の合理的な行動を歪めている実態を物語ります。評価の重さが、企業の成長を阻害している——これが第二の悪影響です。
悪影響③ 承継そのものを諦めさせ、廃業を招く
第三に、最も深刻なのが、想定外に高い評価額が事業承継そのものを断念させる点です。
「自社株の承継に、これだけの納税が必要とは思わなかった」「息子に負担はかけられない。自分の代で廃業しようか」——高い株価と過大な税負担は、後継者を打診する前の段階で、現経営者に承継をためらわせる“きっかけ”になります。後継者の側でも、納税資金を確保できずに借金を抱えたり、承継自体を諦めたりする例があります。
中小企業は、日本の企業数の99.7%を占め、地域の雇用・取引関係・産業集積を支える存在です。一社の廃業は、その地域のエッセンシャルサービスの供給不全や、教育・防災・伝統文化といった地域コミュニティの担い手の喪失にも直結します。株式評価という一見テクニカルな論点が、地域社会の存続にまで波及しうる——これが第三の、そして最も広範な悪影響です。
いま、何に注意すべきか
注意したいのは、この有識者会議が必ずしも「評価を下げる」方向で進むとは限らない点です。会計検査院の指摘を受けた見直しという文脈もあり、会議では収益性を重視した評価方式への移行論なども議論されています。仮に評価額を引き上げる方向の見直しがなされれば、後継者の負担はさらに増し、現場に大きな混乱を招きかねません。
だからこそ、評価方法だけを切り離して論じるのではなく、事業承継税制(特例措置)と一体で議論すべきだという指摘が重みを持ちます。
事業承継をお考えの経営者の皆様には、(1)自社株評価の現状を早めに把握すること、(2)今後の制度改正の動向を注視すること、そして(3)評価方法の変更が自社の承継計画に与える影響を、税理士・弁護士などの専門家とともに早期に試算しておくことをお勧めします。制度がどう動いても慌てないための準備は、いまから始められます。
※本コラム中、評価方法の仕組みや「解散価値」「成長すると評価が上がる」構造、中小企業の経済的位置づけ(企業数の99.7%等)、寄せられた経営者の声などは、いずれも2026年6月4日付の有識者会議(第3回)提出資料の記載に基づいています。