― デジタル遺言と成年後見制度改革を踏まえた実務戦略 ―
はじめに:制度を「知る」から「使いこなす」へ
前回(上)は、遺言制度のデジタル化がもたらす本質的な変化について解説しました。
重要なのは、制度が便利になったという点ではなく、経営者自身に求められる責任が重くなったという点でした。
では、こうした制度変化の中で、経営者は具体的にどのような判断をすべきなのでしょうか。
本稿では、新たに創設されるデジタル遺言(保管証書遺言)と成年後見制度改革を踏まえ、事業承継における実務上の選択と戦略について考えていきます。
デジタル遺言は「万能」ではない
新たに創設されるデジタル遺言(保管証書遺言)は、
パソコンで作成可能
電子署名で成立
検認不要
といった点から、非常に使いやすい制度として注目されています。
しかし、実務の視点で見ると、いくつかの重要な制約があります。
その代表が、「全文口述」という要件です。
遺言者は、保管の際に自らの言葉で遺言内容を読み上げる必要があります。これは、本人の意思であることを担保するための仕組みですが、事業承継の場面では大きなハードルとなります。
事業承継の遺言は、
株式
不動産
預貯金
その他の資産
など、多岐にわたり、内容も複雑かつ長文化する傾向にあります。
結果として、高齢の経営者にとっては現実的に実行が難しいケースも想定されるのです。
「チェックしてくれる人がいない」というリスク
さらに見逃せないのが、デジタル遺言には内容の法的チェック機能がないという点です。
公正証書遺言であれば、公証人が内容を確認し、
法的に問題がないか
表現に曖昧さがないか
といった点を担保してくれます。
一方で、デジタル遺言はあくまで「保管」が目的であり、内容の妥当性までは関与しません。
つまり、
「作れてしまうが、正しいとは限らない」
という状態が生まれます。
事業承継においては、
遺留分への配慮
株式の集中設計
紛争予防
など、専門的な設計が不可欠です。
その意味で、デジタル遺言は利便性の高い制度である一方、使い方を誤ればリスクの高い選択肢にもなり得るといえるでしょう。
成年後見制度改革がもたらす影響
もう一つ見逃せないのが、成年後見制度の改革です。
今回の改正では、
制度の一本化(補助への統合)
有期制の導入
権限の個別設定
といった大きな見直しが予定されています。
一見すると、柔軟で使いやすい制度になるように見えます。
しかし、事業承継の観点から重要なのは、
「できること」ではなく「できないこと」です。
後見制度の本質は、あくまで本人の財産を守ることにあります。
そのため、
積極的な投資
株式の柔軟な移転
大胆な事業再編
といった行為には、依然として制約が伴います。
つまり、制度が変わったとしても、
「認知症になってからでは遅い」
という本質は変わらないのです。
経営者が取るべき現実的な選択
ここまでを踏まえると、実務上の結論はある程度明確になります。
まず、事業承継の中核となる遺言については、
公正証書遺言を軸に据えることが最も安全性が高い選択です。
デジタル化によって利便性も向上しており、
信頼性とのバランスが取れています。
一方で、デジタル遺言については、
補助的な活用
比較的シンプルな資産の整理
といった限定的な使い方が現実的でしょう。
「遺言だけでは足りない」という視点
さらに重要なのは、遺言だけで事業承継は完結しないという点です。
遺言は「死亡後」に効力を発揮します。
しかし、経営リスクの多くは「生前」に発生します。
そのため、
家族信託
任意後見契約
といった仕組みを組み合わせ、
生前・死後を一体として設計することが不可欠です。
特に、自社株や事業用資産については、
誰が意思決定を行うのか
いつから権限を移すのか
を明確にしておく必要があります。
まとめ:準備の差が、そのまま結果の差になる
制度は確実に進化しています。
しかし、それを活かせるかどうかは、経営者の判断にかかっています。
事業承継においては、
先送りするか
今、動くか
この差が、そのまま結果の差になります。
制度を「待つ」のではなく、
制度を前提に「設計する」。
その姿勢こそが、これからの時代の経営者に求められているのではないでしょうか。(KML)