未来志向

「古参社員の壁」をどう乗り越えるか?若き後継者が信頼を勝ち取るための3つのステップ【第10回】

事業承継の成否を分ける「感情の地雷原」

事業承継において、自社株の移転や税務対策は、いわば「目に見える準備」です。しかし、実際に承継が完了した直後、多くの若き後継者が最も頭を悩ませるのは、こうした手続き上の問題ではありません。

それは、先代と共に会社を支えてきた「古参社員」や「右腕」との人間関係です。

「先代ならこうしていた」「現場を知らない若造に何がわかる」――。そんな無言の圧力や、時には直接的な反発に直面し、孤独を深めてしまう後継者は少なくありません。しかし、彼ら古参社員は、会社を存続させるために欠かせない「知恵」と「経験」の宝庫でもあります。今回は、後継者が彼らとの溝を埋め、真のリーダーとして認められるための3つのステップを紐解きます。

ステップ1:過去への敬意を形にする「徹底した傾聴」

後継者が陥りがちな罠の一つに、「早く自分の色を出さなければならない」という焦りからくる拙速な改革があります。新しい感性で会社を良くしようとする意欲は素晴らしいものですが、古参社員からすれば、それは自分たちが心血を注いできた過去を否定されたように映ってしまいます。

まず必要なのは、改革ではなく「敬意の表明」です。

具体的には、古参社員一人ひとりと向き合う「1対1の対話(ヒアリング)」の場を設けることから始めましょう。「会社の歴史の中で、あなたが一番大変だった時はいつですか?」「今の会社の強みは何だと思いますか?」と、彼らの経験を教わる姿勢を見せるのです。

人は「自分の存在や貢献を認められた」と感じて初めて、相手の言葉に耳を傾ける準備が整います。まずは徹底して聴く。このプロセスが、信頼という名の土台を築く第一歩となります。

ステップ2:「先代の影」を否定せず、共通の目的を見出す

後継者にとって、常に比較対象となる「先代(父や母)」の存在は、巨大な影のように感じられるものです。古参社員が「先代の時は……」と口にするたびに、自分の無力さを突きつけられるような感覚に陥ることもあるでしょう。

しかし、ここで先代と競ったり、無理に差別化を図ろうとする必要はありません。古参社員が先代を敬うのは、それだけ会社を愛している証拠でもあります。

重要なのは、後継者と古参社員が「同じ船に乗る仲間」であることを再認識するための「共通言語」を作ることです。例えば、「先代が築いたこの技術を守り抜くために、今の時代に合った販路を見つけたい」といったように、先代の想い(第1回コラムのテーマ)を継承しつつ、未来の必要性を説くのです。

「先代対後継者」という対立構造ではなく、「先代が愛した会社を、共にどう守り、発展させるか」という共通の目的に視点をシフトさせることが、組織の結束を生みます。

ステップ3:小さな「スモールウィン」で実力を見せる

どれだけ言葉を重ねても、最終的に信頼を決定づけるのは「結果」です。とはいえ、いきなり会社全体の業績を劇的に向上させるようなホームランを狙う必要はありません。

古参社員が「おっ、こいつは少し違うな」と感じるのは、現場がずっと困っていた「小さなしこり」を解決してくれた時です。

例えば、「煩雑だった事務作業をデジタル化して残業を減らす」「長年放置されていた設備の不具合を修理する」「若手社員の離職理由を突き止め、フォロー体制を作る」など、現場のストレスを一つ取り除いてあげるのです。

こうした「スモールウィン(小さな成功)」の積み重ねが、「この人の言うことなら、一度乗ってみてもいいかもしれない」という現場の安心感に繋がります。言葉による説得以上に、行動による解決こそが、後継者の背中を大きく見せるのです。

おわりに:事業承継は「リレー」である

事業承継は、ある日を境に主役が入れ替わる「交代劇」ではなく、長い時間をかけてバトンを渡していく「リレー」のようなものです。

古参社員は、後継者にとって「乗り越えるべき壁」ではなく、同じバトンを次へ繋ぐための「伴走者」です。彼らとの間に生じる摩擦は、会社が新しいステージに進もうとしているからこそ起こる、健全な成長痛とも言えます。

もし、組織内の人間関係で行き詰まりを感じた時は、一人で抱え込まないでください。私たちのような第三者のコンサルタントは、先代・後継者・社員の三者の間に立ち、感情の糸を解きほぐす役割も担っています。

大切なのは、技術的な承継の裏側にある「心の承継」に、じっくりと時間をかける覚悟を持つことです。その誠実な姿勢こそが、10年後、20年後の強固な組織を創り上げる原動力になるはずです。(KM)

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