制度の目的変革:「雇用維持」から「成長・還元」へ
コラム「上」では、新制度が「無限の責任」を解消し、柔軟な株式保有を認める方向に向かっていることを解説しました。コラム「中」では、制度の適用要件そのものが、形式的なものから「企業の成長と従業員への還元」という質的なものへと大きく転換する方向性を見ていきます。
① 「雇用維持」から「賃上げ・生産性向上」へ
現行の特例措置では、適用要件の一つとして「雇用維持要件(5年間平均8割)」が重視されてきました。これは承継後の安定的雇用を守る上で重要な役割を果たしましたが、現在の日本経済が直面する課題、特に深刻化する人手不足の状況にはそぐわなくなってきています。中間とりまとめでは、単に頭数を維持するだけでは企業の持続的成長に繋がりにくいという認識のもと、この要件に代わり、以下の要素を評価する方向性が打ち出されました。
従業員の賃上げ: 企業が付加価値を高めた結果を、適切に従業員へ還元しているか。
生産性向上への取り組み: デジタル化(DX)や省力化投資など、企業全体の効率化と成長に向けた積極的な投資を行っているか。
この方向転換が意味するのは、今後の事業承継税制は、「人を何人雇っているか」という量的な基準ではなく、「どれだけ付加価値を高め、その成果を従業員に還元したか」という質的な基準で、制度の適格性が問われるようになるということです。
② グローバル化への対応:海外子会社も対象へ
これまでの事業承継税制は、国内雇用への配慮から、基本的に「海外子会社」の株式は対象外とされてきました。しかし、成長志向の中小企業にとって、海外子会社の存在は国内事業の成長に不可欠な要素となっています。
今回のとりまとめでは、「海外子会社」の株式についても、国内事業へのプラス効果(還流)を認め、税制の対象とすることを検討すべきとされました。これは、日本の製造業やサービス業がアジアをはじめとする海外市場へ積極的に展開していく上で、資本政策のボトルネックを解消する大きな一歩となります。
今後は、国内外の事業を一体として捉え、グローバル競争力を高めようとする企業が、税制の恩恵を受けやすくなるでしょう。
アトツギ支援:「人」の育成は税制(ハード)と両輪
制度の設計(ハード面)が進化する一方で、事業承継における最大のリスクである「後継者(アトツギ)の育成」(ソフト面)の重要性も、中間とりまとめで強く強調されています。国は、税制優遇と並行して、後継者の能力開発を強力に後押しする方針です。
後継者が直面する課題と国の施策
レポートでは、親族内承継において後継者が直面する共通の課題として、「承継前に経営者目線で考え、実行する機会が少ない」ことが挙げられています。伝統的な承継プロセスでは、後継者は現場での経験を積むだけで、戦略立案やリーダーシップを発揮する機会が限定されがちです。これを解消するため、経済産業省や中小企業庁が推進しているのが、実践的なアウトプットを重視する「アトツギ支援」です。
ベンチャー型事業承継の推進: 「アトツギ甲子園」に代表されるピッチイベントや、異業種の後継者コミュニティへの参加を通じて、家業の資産(リソース)を活用した新規事業の立ち上げ(ベンチャー型事業承継)を促します。
実践的アウトプット機会の提供: レポートでも、「事業承継前に実践的かつ短期的なアウトプットの機会を提供することにより、実行力、発信力を養う機会を提供することが有効」と明記されました。
国の支援策の主流化: 今後は、単なる「座学」形式の研修ではなく、スタートアップとの連携や、新規事業開発プログラムといった、即戦力となる実行力を養う支援策が、国の施策の主流になっていくことが予測されます。
コンサルタントが提言するアトツギ育成戦略
親族内承継の成功の鍵は、「親子の確執」や「古参社員との軋轢」をいかに乗り越えるかにあります。税制が進化する今、経営者は後継者に対し、以下の実践的な機会を積極的に提供すべきです。
新規事業の小さな責任者: 後継者に、現事業の延長線上ではない、小さな新規事業の予算と全責任を与えましょう。失敗しても会社全体に影響が出ない範囲で、経営判断の訓練を積ませることが重要です。
外部コミュニティへの派遣: 地域の若手経営者の会や、全国的なアトツギコミュニティ(例:アトツギベンチャー育成プログラムなど)に積極的に参加させます。これにより、親世代とは異なる視点や、外部の知見を導入するきっかけを作ることができます。
既存事業の「聖域」の開放: 承継前に、後継者に既存事業の「聖域」(例:主要取引先との価格交渉、古参社員のマネジメント)に深く関わらせることで、現場での抵抗勢力との向き合い方や、変革の難しさを実体験として学ばせることが、承継後の軋轢を最小限に抑える訓練となります。
求められるガバナンスと「脱・節税」経営
新しい事業承継税制が目指すのは、「持続的な成長」です。したがって、制度の恩恵を受ける企業には、オーナー一族の利益だけでなく、従業員、取引先、地域社会といった全てのステークホルダーへの「ノブレス・オブリージュ(高貴な義務)」が強く求められます。
透明性の確保と株価対策への厳しい視線
税制優遇は、公的な支援を受けることに他なりません。そのため、その活用には高いレベルの透明性とガバナンスが不可欠となります。
ステークホルダー全体への好影響: 承継後の経営が、オーナー一族の資産保全のためだけではなく、従業員の賃上げや働きがい、地域の活性化など、ステークホルダー全体にポジティブな影響を与えているかどうかが、より厳しく問われます。
過度な節税の是正: 中間とりまとめでは、成長投資に回すべき資金を、株価対策(節税)のためだけの無駄な資産購入に充てることへの厳しい視線が示されました。
今後の制度設計では、本業の成長を阻害するような節税行為を行った場合、制度の適用が難しくなる可能性があります。「税金を払いたくないから承継する」というマインドセットから、「会社を成長させ、地域に貢献するために制度を活用する」というマインドセットへの転換が、今後の制度の恩恵を受けるための必須条件となるでしょう。
税制はあくまで手段であり、目的は事業の継続と発展であることを、経営者自身が再認識する必要があります。
まとめ:今後の制度展開の予測(中間とりまとめを踏まえて)
ここまでのコラム「上」「中」の内容を踏まえて、今後の事業承継税制がどのように進化していくかを改めて予測します。
特例措置のような「緊急避難的な大盤振る舞い」から、「持続的な成長と賃上げを促す、恒久的なインフラ」へと進化していくことが予測されます。
予測される今後の制度展開
雇用維持要件に関する変革
・現行制度の課題~雇用維持要件(数)
・中間とりまとめが示す改革軸~質的転換:賃上げ・生産性向上を評価
・制度展開の予測~要件の「質」的転換
形式的な「雇用人数」要件は緩和・撤廃され、「賃上げ実績」や「生産性向上(DX投資など)」が要件化される可能性が高いです。
対象範囲(グローバル化)に関する変革
・現行制度の課題~国内子会社限定
・中間とりまとめが示す改革軸~グローバル化への対応:海外子会社も対象へ
・制度展開の予測~対象範囲の拡大
海外子会社の株式についても、国内への貢献度を評価し、一定の範囲で税制対象となる見込みです。
後継者育成に関する変革
・現行制度の課題: 後継者育成の不足
・中間とりまとめが示す改革軸: アトツギ支援の強化:実践的アウトプット重視
・制度展開の予測: ソフト支援の加速
税制と連携し、新規事業開発やコミュニティ参加など、後継者の実行力・発信力を養う支援策が国の主流となります。
経営姿勢に関する変革
現行制度の課題: 過度な節税行為
・中間とりまとめが示す改革軸~ガバナンス・透明性の確保の強化
・制度展開の予測~「脱・節税」経営の必須化
成長投資を阻害する株価対策は厳しく監視され、より倫理的・成長志向の経営が求められます。
結び
コラム「中」では、新しい事業承継税制が、「成長」と「還元」を重視する質的な制度へと進化する方向性を解説しました。この変化は、経営者が事業承継を単なる「税金対策」ではなく、「企業の再起動(リブート)」として捉え、後継者育成とガバナンス向上に真摯に取り組むことを求めています。
次のコラム「下」では、いよいよ特例措置の期限が迫る中で、「今の特例措置に駆け込むべきか」、それとも「新制度を待つべきか」という経営者の究極の問いに対し、具体的な判断基準と、コンサルタントとしての提言を詳述します。(KML)