あけましておめでとうございます。本年もJCFコラムのご閲読をよろしくお願いします。2026年のスタートコラムとして、「事業承継特例措置」について、「上」
「中」「下」の3つに分けて皆様にお読みいただきます。まずは「上」です。
はじめに:転換点を迎えた中小企業の事業承継~令和7年12月12日、新たな指針の公表
令和7(2025)年12月12日、中小企業庁より公表された「中小企業の親族内承継に関する検討会 中間とりまとめ」は、日本の事業承継戦略における明確な転換点を示すものです。私たち実務家が長年注目してきた「事業承継税制(特例措置)」の特例承継計画提出期限(令和8年3月末)が迫る中で出されたこのレポートは、単なる税制の技術的な議論にとどまりません。これは、次世代の日本経済の担い手である中小企業が、今後いかにして「成長」と「持続性」を両立させていくべきかという、経営の本質に迫る重要な指針となっています。
特例措置の強烈なインセンティブと現場の迷い
平成30年度の税制改正で導入された特例措置は、「相続税・贈与税の負担ゼロ(猶予)」という極めて強力なインセンティブを提供し、事業承継の促進に大きく貢献してきました。実際、特例措置導入以降、年間数千件ペースで活用が進み、承継件数の増加に寄与しています。
しかし、現場で経営者や後継者と接していると、「制度を使いたいが、将来のリスクが怖い」「手続きが煩雑すぎる」といった不安の声が今なお多く聞かれます。この不安の根源こそが、本コラムで深掘りする「現行制度の功罪」と、中間とりまとめが示唆する「制度の進化」の鍵となります。
本コラム「上」では、まず現行制度の評価と課題を徹底的に整理し、ポスト特例措置時代に向けた新たな制度設計の背景にある国の意図を読み解いていきます。
現行制度の功罪と浮き彫りになった課題~特例措置がもたらした「全株式・100%猶予」のインパクト
現行の事業承継税制(特例措置)は、その前の「一般措置」と比較して画期的な拡充が図られました。一般措置では猶予対象株式が3分の2まで、納税猶予割合が80%に留まっていましたが、特例措置は「全株式・100%猶予」へと抜本的に強化されました。
この効果は、税負担の軽減という面だけでなく、経済全体にも波及しています。データによれば、特例措置の導入以降、最大約27万人の雇用が維持され、利用企業の約3分の2が賃上げを実現したという実績があります。承継を機に経営者が若返ることで、生産性向上や設備投資に対する意欲が高まり、企業の活性化に繋がっている事実が、客観的なデータとして裏付けられています。
現場で最も恐れられる「無限の責任」という足かせ
特例措置の導入は成功を収めた一方で、その「副作用」も無視できなくなっています。現場の経営者が最も懸念し、決断を躊躇させる要因となっているのが、「猶予が『免除』になるまでの期間が長すぎる」という点です。
現行制度では、納税の猶予が「免除」に切り替わるのは、後継者がさらに次の後継者にバトンを渡す(あるいは後継者が死亡する)時点とされています。これは、事実上、数十年におよぶ「無限の責任」を後継者に負わせることを意味します。承継後の経営環境は常に変化し、予期せぬリスクも発生します。この「将来の不確実性」と「納税義務再発生のリスク」が、後継者の心理的な足かせとなり、積極的な経営やM&Aなどの資本政策を躊躇させる大きな要因となっています。
「成長投資の阻害」につながる過度な節税への警鐘
中間とりまとめでは、さらに踏み込んだ指摘がなされています。
「一部の中小企業においては、本来、成長投資や従業員への賃上げ等の原資となるべき会社の資産を節税対策に投じることで株価の圧縮を図るようなケースも散見される」
これは、一部の企業において、事業承継税制の適用を見据えた「株価対策」が、「成長のための事業戦略」よりも優先されてしまうという、歪んだ企業行動が生じていることを示しています。例えば、本業とは関係のない不動産購入や、過剰な生命保険契約など、節税のためだけに会社の貴重な資産を投じる行為は、「成長のための事業承継」という制度の本来の目的から逸脱しています。
レポートでは、こうした過度な節税行動が、企業の生産性向上や賃上げといった本業への投資を阻害していると明確に指摘し、是正が必要であると明記されました。この指摘は、今後の制度改正が単なる税の技術論ではなく、「持続的な企業成長のためのインセンティブ設計」へと軸足を移していくことを強く示唆しています。
「ポスト特例措置」の全貌:議論の方向性を読み解く(前半)
現行の特例措置の適用期限(令和9年/2027年末)が迫る中、中間とりまとめでは、今後の制度設計の方向性として「4つの改革軸」が示されました。本コラム「上」では、そのうち特に重要な二つの改革軸について解説します。
① 「無限の責任」からの解放:有期免除の可能性
今回のとりまとめで、実務家が最も衝撃をもって受け止めたのは、「猶予期間の見直し」に関する検討の方向性です。
これまでの超長期的な縛りに対し、レポートでは、「例えば、10年間事業を継続すれば免除となる等の工夫ができないか」という、明確な「有期免除」の可能性が示唆されました。
心理的ハードルの劇的低下: もし「10年間の健全経営で免除」が実現すれば、後継者は「死ぬまで」という漠然とした恐怖から解放されます。「10年頑張ればゴール」という明確な期限設定が可能となり、後継者のモチベーションと、事業へのコミットメントは飛躍的に向上するでしょう。
積極経営への転換: 免除のゴールが見えることで、後継者はM&Aや大規模な設備投資といった、リスクを伴うが成長に不可欠な経営判断を、より積極的に行えるようになります。これは、評価減制度の導入と並び、今後の制度設計の核心となる最も重要な改革と言えます。
② 「全株承継」神話の見直しと柔軟な資本政策
特例措置は「全株式」を猶予対象としましたが、この「全株承継(100%保有)」が本当に中小企業にとって常に最善なのか、という点についても議論が巻き起こっています。
会社法上の要件と実務: 会社法上、経営の重要事項を決定できるのは、特別決議要件である「3分の2」の株式保有があれば十分です。
ガバナンスと出口戦略の多様化: レポートでは、必ずしも100%承継を必須とせず、「少数株主によるガバナンス機能の重要性」や、将来的な「M&Aによる出口戦略の多様化」を踏まえるべきという見解が示されました。
次期制度の予測: 次期制度では、現行の「全株100%猶予」という硬直的な要件が見直され、企業の成長ステージや目指す資本政策に応じて、柔軟な株式保有を認める方向へと修正される可能性が高いと予測されます。これは、事業承継後のIPOやM&Aを視野に入れている成長企業にとって、大きな戦略的自由度を与えることになります。
結び
コラム「上」では、事業承継税制特例措置の導入効果を認めつつも、「無限の責任」と「過度な節税」という二つの大きな課題が浮き彫りになったことを解説しました。そして、ポスト特例措置の議論は、これらの課題を解消し、「有期免除」や「柔軟な株式保有」といった、より現実的な制度設計へと向かっていることを指摘しました。
次のコラム「中」では、引き続き議論の方向性を深掘りし、「雇用維持」から「賃上げ・生産性向上」への要件の質的転換や、海外子会社への対象拡大といった残りの改革軸、そして制度と両輪で進む「アトツギ支援」の最新動向について詳述します。(KML)