未来志向

事業承継を「企業の新たな誕生日」にするために【第4回(上)】

序論:事業承継は、経営における「最後の、そして最大の仕事」

事業承継とは、現経営者が心血を注いで育て上げた会社を次世代へと引き継ぐ、経営における最後の、そして最大の仕事です。

これは単なる株式や資産の移転手続きではありません。経営理念や企業文化、従業員の生活、そして取引先との信頼関係といった、目に見えない価値をも継承する極めて人間的で複雑なプロセスです。

その重要性は誰もが認識しながらも、多くの企業が承継の過程で困難に直面し、時には企業の存続すら危うくなるケースもあります。

本コラムでは、事業承継の現場で散見される典型的な問題を多角的に分析し、円滑なバトンタッチを実現するための道筋を探ります。

第1章:最大の障壁は、経営者の心の中にあり – 「生涯社長」という本音との向き合い方

「常識」と「本音」の乖離が承継を先延ばしにする

事業承継を阻む最も根深く、厄介な問題は、現経営者の「生涯社長でいたい」という本音にあります。

経営者は頭では「承継の準備は早い方が良い」と理解していても、心の奥底には「本当は誰にも譲りたくない」「生涯現役でいたい」という情熱や、会社が自己実現の場であるという強烈な自負が存在します。

この「常識」と「本音」の乖離が、「まだ自分は若い」「景気が回復してから」といった、承継を先延ばしにするための“もっともらしい理由”を生み出してしまうのです。

ハッピーリタイアメントは「成功の証」

先延ばしは、経営者自身、待たされる後継者、そして会社の未来にとって不幸な状況を招きます。この問題を乗り越えるためには、まず経営者自身が自らの「本音」と向き合うことが不可欠です。

そして、「引退」というネガティブな言葉に囚われるのではなく、「創業者・経営者としての利益を確定し、次のステージに進む」というポジティブな視点を持つことが重要です。

ハッピーリタイアメントは、経営者人生の成功の証です。勇気をもって承継の第一歩を踏み出すことこそが、会社への最後の、そして最大の貢献となります。

第2章:「我が子はまだ半人前」という幻想 – 親子間の認識ギャップを乗り越える

親の過度な期待と頼りなく感じる親心

親族内承継、特に親子間での承継で顕著なのが、後継者の能力や資質に対する現経営者の認識ギャップです。譲る側は、百戦錬磨の自身の経験と比較するため、後継者である我が子を頼りなく感じ、厳しく評価しがちです 。

「自分と同じ苦労をさせたくない」という親心と、「自分以上にできるはずだ」という過度な期待が混ざり合い、後継者の成長を信じきれないのです。

失敗を通じて真の経営者へと成長する

しかし、生まれながらにして優秀な経営者など存在しないという事実を忘れてはなりません。現経営者自身も数々の失敗や苦い経験、周囲の支えがあってこそ今の姿があるはずです。

後継者もまた、失敗を通じて学び、経験を積むことでしか、真の経営者へと成長することはできません。先代が築いた安全な航路だけを走らせていては、嵐を乗り越える力は決して身につかないのです。

経営者教育と「任せる勇気」が飛躍を促す

このギャップを埋めるには、後継者を一人の独立したビジネスパーソンとして認め、計画的な経営者教育を施すことが不可欠です。他社での「武者修行」や、経営会議でのOJT、外部経営塾への参加などが有効です。

そして何より重要なのは、ある段階に至ったら「任せる勇気」を持つことです。失敗を恐れずに権限を委譲し、その結果責任を共に負う姿勢こそが、後継者を覚醒させ、次代のリーダーへと飛躍させるのです。

第3章:「たかが儀式、されど儀式」 – 事業承継における「形」の絶大なる力

「形」は意思決定者が変わった明確なメッセージ

中小企業において、経営者の存在は絶対的です。その影響力が大きいからこそ、事業承継の際には「形」を軽視してはなりません。社長就任披露パーティーや取引先への挨拶回り、社長室の明け渡しといった、一見形式的に思える「儀式」が、実は極めて重要な意味を持ちます。

これらの「形」は、社内外に対して「意思決定者が誰に変わったのか」を明確に示す、強力なメッセージとなるからです。

「会長詣で」が招く「双頭政治」の混乱

この「形」が曖昧にされると、社員や取引先は「重要な判断は会長(旧社長)に相談すべきだ」と考え、新社長を真のリーダーとして認識しません。結果として、旧社長のもとへ相談事が持ち込まれる「会長詣で」が常態化し、新旧経営者の意見が食い違う「双頭政治」**状態に陥ります 。これは、指揮命令系統の混乱を招き、組織の活力を著しく削いでしまうのです 。

旧社長が果たすべき最後の役割

現経営者は、新社長の就任後、意識的に一歩引く姿勢が求められます。新社長の経営方針に口を挟みたくても、ぐっとこらえる忍耐が必要です。新社長が自身の力で社員や取引先との信頼関係を築き上げるプロセスを、陰ながら見守り、支援すること。それこそが、旧社長が果たすべき最後の役割です 。

「形」を整えることは、新社長への最大のエールであり、会社の未来への投資なのです 。

次回(下)では、親族外承継の課題、安易な「中継ぎ」のリスク、そして世代間の事業ビジョン対立の乗り越え方について、さらに掘り下げます。(KML)

(コラム下へ続く)

最近の記事
  1. 事業承継を「企業の新たな誕生日」にするために【第4回(上)】

  2. 先代経営者の心構え(第3回)

  3. 事業承継を成長のチャンスに変える!経営戦略としての承継(第2回)