未来志向

「市場退出」過去最多の衝撃――2026年、事業承継は「生存戦略」から「使命」へと変わる【第8回】

はじめに:7.7万社という「喪失」が問いかけるもの

前回の第7回コラムでは、AIやDXという最新技術が、事業承継を「守り」から「進化」へと変える鍵であることをお伝えしました。しかし、技術的な準備を整える一方で、私たちが直視しなければならない極めて厳しい現実があります。

東京商工リサーチ(TSR)が発表した2025年の「休廃業・解散企業」動向調査によれば、倒産と休廃業・解散を合わせた市場退出企業数は7万7,000件を超え、過去最多を更新する見通しとなりました。この「7.7万社」という数字は、単なる経済統計ではありません。それぞれの企業が築いてきた技術、雇用、そして地域コミュニティにおける役割という、日本経済の「財産」が失われ続けているという警告です。

事業承継コンサルタントとして、私たちはこの現状を「日本経済の新陳代謝の機能不全」と捉えています。今、経営者に求められているのは、事業承継を個人の「生存戦略」としてだけでなく、次世代へ価値を繋ぐ「使命」として再定義することです。

1. 黒字廃業という「静かなる退場」の悲劇

今回の調査結果で最も注目すべき、かつ深刻なデータは、休廃業・解散を選んだ企業の半数近く(47.2%)が赤字企業である一方、残りの「半分以上は黒字のまま幕を閉じている」という事実です。

これを私たちは「静かなる退場」と呼んでいます。地域に根ざし、確かな技術を持ち、顧客からも必要とされ、利益も出ている。それにもかかわらず、承継の壁を乗り越えられずに廃業を選択せざるを得ない。これは経営者個人の問題を超えた、社会的損失です。

第1回のコラムで触れた通り、企業には数字では測れない「魂(理念や文化)」が宿っています。黒字での廃業は、その魂が受け継がれることなく消滅してしまうことを意味します。「自分の代で終わらせればいい」という決断が、実は長年支えてくれた従業員の生活や、取引先のサプライチェーンを断ち切る結果を招いているという現実に、今一度向き合う必要があります。

2. 多様化する出口戦略――M&Aを「身売り」から「未来への合流」へ

後継者が見つからないという理由だけで、長年築き上げた事業を諦める必要はありません。現在の事業承継には、主に3つの出口戦略が存在します。

親族内承継:早期からの教育と、確実な権限委譲が成功の鍵となります 。

第三者承継(M&A):外部の資本やリソースを活用し、事業を存続させる手法です。

円滑な廃業(リタイアメント):資産を毀損させず、債務を残さず綺麗に幕を引く「積極的退出」です。

特にM&Aについては、かつての「身売り」というネガティブなイメージは過去のものです。人手不足が深刻な建設業やサービス業などでは、技術や人材を持つ企業を譲り受けたいというニーズは非常に旺盛です。自社単独では困難だった賃上げやデジタル投資も、大手や成長企業の傘下に入ることで実現可能になり、結果として従業員の雇用をより強固に守れるケースが増えています。M&Aは、自社の価値を他社に託し、より大きな流れの中で「未来へ合流」するための戦略的選択なのです。

3. 「早期脱落」のデータが突きつける、変革への緊急性

今回の調査では、もう一つ見逃せないデータが示されました。それは、業歴5年未満の企業の休廃業・解散が14.4%に達しているという点です。コロナ禍で創業したものの、ポストコロナの激変する環境に対応できず、早期に市場を去る若手経営者が増えているのです。

この事実は、ベテラン経営者にとっても無関係ではありません。今の時代、「長く続いていること」は揺るぎない強みであると同時に、変化への対応が遅れる「鈍感さ」というリスクにもなり得ます。創業間もない企業ですら淘汰される過酷な環境下で、旧態依然としたビジネスモデルのまま事業を繋ごうとすることは、後継者に対して希望ではなく「重荷」を譲ることに他なりません。

事業を繋ぐということは、過去の成功を維持することではなく、今の時代に合わせた「変化」をセットで渡すことです。第7回で述べたAI活用やDX化といった取り組みも、この「変化への適応」という文脈において不可欠な要素となります。

4. 事業承継は「生存戦略」から「使命」への昇華

2026年を迎え、事業承継の性質は明らかに変わりました。それはもはや、税金対策や個人のリタイアメントプランといった「自分たちのための戦略」に留まりません。

一社が市場から退出することは、その地域から「職域」が消え、「技術」が途絶え、「思い出」が失われることを意味します。逆に言えば、事業を適切に次世代へ繋ぐことは、地域経済を支え、日本の活力を維持するという、経営者に課せられた最後の、そして最大の「使命」なのです。

「まだ大丈夫」という過信や、「自分には関係ない」という無関心が、最も危険なリスクです。市場退出が過去最多を記録する今だからこそ、自社の価値を客観的に見つめ直し、どの出口戦略が自社、従業員、そして社会にとって最善なのかを真剣に検討すべき時が来ています。

結びに:次世代に「誇り」あるバトンを

本連載を通じて、私たちは事業承継の法務、税務、理念、そして最新のAI活用について考えてきました。しかし、あらゆる手段の根底にあるべきは、「この事業を未来へ残したい」という経営者の強い意志です。

7.7万社の退出という数字を、私たちは「仕方のないこと」として片付けてはなりません。一つでも多くの輝く技術や想いが、形を変えてでも次世代に引き継がれていくこと。その支援こそが、私たちコンサルタントチームの存在意義でもあります。

経営者の皆様、あなたの築き上げた「誇り」は、必ず次の誰かの力になります。廃業という選択肢を選ぶ前に、まずは一歩、未来に向けた対話を始めてみませんか。その勇気ある一歩が、2026年以降の日本経済を創る力強い鼓動となるはずです。(KML)

(当コラムで、M&Aについて記述しましたが、JCFでは「経営者の想い」を重視しています。決して、M&Aを推奨しているものではありません。)

引用・参考資料:

東京商工リサーチ「2025年 休廃業・解散企業動向調査」(2026年1月9日公開)

中小企業庁「2025年版 中小企業白書」

帝国データバンク「全国社長平均年齢分析(2024年)」

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