経営者の想い
企業の事業承継と聞くと、多くの方が「株式の引き継ぎ」や「相続税対策」「後継者選び」といった具体的な手続きばかりに目を向けがちです。しかし、実はそれ以上に重要なのが、「経営者の想い」をどう次の世代に伝えるか、という点です。
創業から何十年も続いてきた企業には、数字では測れない大切な価値があります。それは、経営者が日々の経営判断や社員教育、取引先との関係構築を通して築いてきた「理念」「信念」「文化」といった、いわば会社の「魂」です。
事業承継において、この「魂」の部分が後継者にしっかりと伝わらなければ、どんなに法務・税務対策が完璧でも、会社の未来は不安定なものになってしまうでしょう。
経営理念は「羅針盤」
経営者が決断に迷ったとき、あるいは会社が困難な状況に陥ったときに、最後のよりどころとなるのが経営理念です。これが曖昧だと、状況によって判断基準が変わり、社内の混乱や取引先からの信頼喪失を招いてしまいます。
日本を代表する優良企業の多くも、創業以来大切にしてきた理念を経営の中心に据えています。社会貢献、人材育成、顧客第一、社員の幸福など、その内容はさまざまですが、どの企業も「何のために事業をしているのか」という問いに対して、自分たちなりの答えを持っているのです。
この「羅針盤」ともいえる理念があるからこそ、変化の激しい時代にも企業は迷わずに進むことができます。
想いの承継は「対話」から始まる
では、経営者の想いをどう後継者に伝えていけばいいのでしょうか。
最も大切なのは、時間をかけた「対話」です。ただ単に「この理念を守れ」と伝えるだけではなく、創業時の苦労や、会社を守るために下した厳しい決断、社員との関係づくりなど、経営者としての経験や思いを語ることが重要です。
この対話を通じて、後継者は「なぜこの会社が社会に必要なのか」「どうしてこの理念が大切なのか」を自分の頭と心で理解し、自分の言葉で語れるようになります。
さらに、時代や市場環境が変わる中では、理念そのものを見直すことも必要です。創業者の理念を守るだけでなく、新しい時代に合った形にアップデートする。それができる後継者こそが、会社の未来を切り拓く存在となるのです。
現経営者の「安心」も大切に
事業承継の際には、現経営者の心情にも寄り添う必要があります。長年、自らの人生をかけて守ってきた会社を手放すのは、たとえ信頼できる後継者に託す場合でも、簡単なことではありません。
「本当に大丈夫だろうか」「社員や取引先はついてきてくれるだろうか」「会社を離れたあとの人生はどうしよう」――多くの経営者がこうした不安を抱えています。
後継者は、単に会社の経営を引き継ぐだけでなく、現経営者が安心して次の人生を歩めるよう配慮することも求められます。
例えば、引退後に現経営者が関われる役割(場合によっては「役職」)を用意したり、人生設計について一緒に考えたりすることが、現経営者の心の安定につながります。
組織全体で理念を共有する
経営者と後継者の間で理念が共有できたとしても、それだけでは十分とはいえません。その理念を組織全体に浸透させ、社員一人ひとりが理解し、日々の仕事の中で実践できるようにする必要があります。
そのためには、経営理念を単なる「お題目」に終わらせず、具体的な行動基準として社内に定着させる仕組みが大切です。
例えば、
- 毎朝の朝礼で経営理念を読み合わせる
- 定期的に理念に関する勉強会やワークショップを開催する
- 経営理念に基づいた行動を評価・表彰する
こうした取り組みを続けることで、経営理念は徐々に社員の行動や判断の基準になっていきます。
また、取引先や金融機関、地域社会など、外部の関係者にも経営理念を伝え、共感を得ることで、会社のブランド価値や信用力も高まっていきます。
事業承継は「未来を創るプロセス」
事業承継というと、「今あるものをそのまま引き継ぐ作業」と思われがちですが、実際には「未来を創るプロセス」そのものです。
後継者は、過去の歴史と実績をしっかりと受け継ぎながらも、新しい時代に合わせて会社を発展させる役割を担っています。
承継のタイミングで経営理念を見直し、自社の存在意義を再定義することも、その一環です。
事業承継をきっかけに、これまで曖昧だった理念を明確にし、次の10年、20年に向けて「どんな会社になりたいのか」「どんな社会課題を解決したいのか」を描き直していく――それが、真の意味での事業承継成功といえるでしょう。
まとめ:理念こそ、最大の資産
企業にとって、株式や設備、不動産といった「目に見える資産」も重要ですが、それ以上に大切なのは、経営者の理念や想いといった「目に見えない資産」です。
この目に見えない資産こそが、社員の働く意欲や、取引先からの信頼、地域社会との絆を支えているのです。
経営者が次世代に残すべきもの。それは、単なる会社そのものではなく、「なぜこの会社が存在するのか」という存在意義であり、経営の原点となる想いなのです。
事業承継を「終わり」と考えるのではなく、「新しいスタート」ととらえ、経営理念を磨き続けることが、企業の未来を明るく照らします。(KM)